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本日のお題はリクエストがたいへん多い「学校給食」でございます。昭和の学校給食と申しますと「くじらの竜田揚げ」が代名詞。しかし小生にはその記憶がございません。小生の最も古い学校給食の思い出はもうひとつの学校給食の代名詞である「脱脂粉乳」と「コッペパン」でございます。
脱脂粉乳とは脱脂粉乳なる粉をお湯でとかすミルクの様なものでして、文字通り脂質を抜いた牛乳もどきとして給食に出ておりました。
コッペパンについてでございます。時代は戦後〜奇跡の復興と言われた高度成長期。半兵ヱがテーマとしております時代のお話でございます。
戦勝国であるアメリカは敗戦国である日本に何とか自国の小麦粉を売ろうと考えたのでございました。 その為には小さなうちからパンを食べさせるのが最も効果的です。小さい頃の味の記憶は大人になっても消えません。だから昭和の学校給食はご飯ではなくコッペパンだったのです。余談ですが小生が尊敬しております日本マクドナルドの創業者、藤田田(ふじたでん)氏も同様の考えのもと日本の子供達にハンバーガーを食べさせたのでございました。マックのキャラクターがサーカスのヒーローとして子供に人気のあるピエロというのはそういう理由だったのでございます。
さて話しを戻します。パンと言えば牛乳です。しかし、牛乳は高価でございました。そこでアメリカは自国で家畜用に用いていた脱脂粉乳を配給したのです。しかし家畜用とはいってもその栄養価は大変高いのです。脱脂粉乳は昭和の子供達にとりましてカルシウムや様々なビタミンを摂取するとても大切な、そしてとても不味い飲料でございました。
コッペパンについての思い出でございます。小生の父親はコッペパンが大好きでした。お酒のおつまみとして食すのが美味しいのだそうです。あの少し塩の効いた味が左党の父にはお気に入りだったのでしょう。小生は低学年の頃、その話を聞いてからコッペパンを食べないでたまに父親に持って帰っておりました。 ランドセルの中に包みもせずそのままコッペパンを放り込んで持って帰るのでございます。父親が食べるとき「このコッペパンは、なんか革くさいなー」と言っていたのが思い出されます。しかし「美味しい、ありがとう」とも言ってくれました。また連休の前の日などにコッペパンを放り込み、そのまま忘れていたときもございました。宿題などやらずに、いつも外で遊んでおりました小生のランドセルは翌週の月曜日になって学校で開かれます。そしてカチンコチンに硬くなり、少し小さくなったコッペパンとご対面するのでした。
何でも食べた小生には理解できなかったことがございます。それは、好き嫌いの激しい子供にとって学校給食は苦痛だったということです。苦手なものが献立に入っておりますとその日は朝から地獄と化すのでした。1時間目が終わり、2時間目には憂鬱になり、3時間目には早引き(早退のことでございます)を考え、4時間目には胃がキリキリと痛み出す始末。そして恐怖の給食の時間・・。皆が食べ終わっても、その子はまだ給食の真っ最中。見たくも無いニンジンだけがゴロゴロとアルマイトの器に残っているのでございました。その机の前には腕組みをされた担任の先生が座っておられます。可愛そうにその子は涙目でゴロゴロとした大きなニンジンを鼻をつまんで食べるのでございました(不思議なことに、何故かその様な子に大きなニンジンがたくさん入っていたように思います)。しかし、鼻をつまんで食べられる子はまだ良い方でございました。どうしても食べられない場合は廊下で立っていなければなりませんでした。
ある時、小生はお友達の友人が「死んでも食べたくない!」と言う豚肉を先生の目を盗んで小生のアルマイトの器に移しました。2人で神業の様に素早く行動しました。しかし給食が終わってから担任の先生に呼ばれたのでございます。「おまえは○○の嫌いな肉をかわりに食べたな!」
小生は好き嫌いなどないのに友人と一緒に廊下に立たされる羽目になりました。しかもゲンコのオマケ付きでございました。
給食の前には手を洗うこととなっておりました。その時は学校中に「♪石鹸で手を洗おう!僕の手も、君の手も汚いな、不潔だな、洗ったかい?まだなのかい?バイキンいっぱい不潔だな。ジャーブ、ジャーブ・・。♪」という歌が流れておりました。この歌を聞きながら生徒はタイルでできた大きな流し台(手洗い場)の前で手を洗う順番の行列をつくり、水道の蛇口の首に吊り下げられている赤いミカンのネットに入っている「レモン石鹸」で手を洗っておりました。
小生の最も好きな学校給食の献立は「ワインゼリー」でございました。これは小生が高学年の頃。東京の小学校での献立です。赤く透明なゼリーは見るからに魅力を感じる代物でした。しかし小学生にワインゼリーとは昭和の学校も中々粋な計らいをするものでございます。
学校給食には当番がございました。小生は給食当番が大好きでした。白い割烹着と帽子をかぶり4時間目が終わる少し前に給食室におかずやコッペパンなどを取りに行けるからです。つまり授業中に堂々と授業をサボタージュ(サボること)することができたのでございます。皆が授業をしているシーンと静まり返った廊下を堂々と歩く快感は何ともいえない不思議な気持ちでございました。
給食当番だった日のことです。小生は皆に給食を配り終え、割烹着と帽子を脱いで当番の後始末をしておりました。 すると1番前の席に座っている友人がものすごい勢いでガツガツとおかずを食べ、コッペパンをむしゃむしゃとほおばり、ゴクゴクと牛乳を流し込んでいる姿が目に飛び込んできました。小生はその野性的な光景に目が点になるほどビックリ致しました。よほどお腹がすいていたのでございましょう。小生は心の中で「あんな食べ方をしたら、きっとお腹を壊すだろうな」と思いました。そして小生も給食を食べようとしたときでございます。「ガラガラッ」と建付けの悪い木でできた教室の扉が開いたのでございます。照れるように欠席予定だったお友達が入って来ました。
「おい、給食はあるのか?」先生が質問されました。「もうないです」「それでは当番が給食室まで取りに行きなさい」。小生はまた割烹着を着て給食室まで1人分の献立を取りに行きました。教室に戻り割烹着を脱いで帽子をとって席に座り「いただきまーす!」と先の割れたスプーンを手にとり、ふと黒板の上にある時計に目をやりました。昼休み終了まで残り15分。当番でございます小生は食べ終わった食器などを給食室まで持って行かなければなりません。それには往復10分くらいかかります。急いで食べなくてはいけません。わき目も振らずにものすごい勢いで給食を食べました。
「おい、そんなに急いで食べると腹こわすぞ!」お友達が忠告して下さいました。
さて、本日のお飲み物は・・。といきたいのでございますが、本日はまだ飲んでおりません。本日は休日でございます。小学校時代の友人と半兵ヱで夕方6時に待ち合わせを致しております。ワインゼリーのあの綺麗な夕焼け色を懐かしみながら「赤玉ワイン」そして今回のお話では登場しなかった代表的学校給食「揚げパン」などを食べてみようかと思っております。本日は時間がたっぷりございます。お腹を壊さないようにゆっくりと食べることに致しましょう。懐かしい昭和の思い出話を肴にして。
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「半兵ヱの赤玉ワイン」
グラス1杯 210円
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学校給食を再現した懐かしい
「半兵ヱの揚げパン」 189円
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